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2014年1月22日 (水)

卒業からポーツマス開業まで・4

3番目は、大学時代の文筆収入の意味である。

大学時代の特に後半のドイルには、A.医業。B.文筆。
という2つの収入源があった。そのうち捕鯨船ホープ号の
船医収入が、これまでの説明では、金額的に突出していた。

約5か月の航海で50ポンド得たといわれてきたのだが、
アンドリュー・ライセットのドイル伝(2007)は、公開された
「ドイル文書」を踏まえて、金額を18ポンド10シリング
訂正した。

この数字が正しければ、月収に換算すると4ポンド弱
住み込み助手収入はゼロから始まり、3番目のホーア医師の
医院で、ようやく月2ポンドになった。

これに対して文筆収入を見ると、ドイルは大学4年目の秋
『チェンバーズ』誌に掲載された短編小説「ササッサ谷の怪」
で、初の原稿料3ポンド3シリングを得る。

そして、その後も短編小説や写真エッセーが採用されると、
同程度の原稿料を手にしている。

だから、文筆収入は大学時代のドイルにとって、従来の
イメージよりも大きな意味を持っていたのではないか。

これも「ドイル文書」の公開で、さらに分かりやすくなった
事実である。

↓ライセットのドイル伝、Free Press版。

Lycett


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